2012年4月28日土曜日

カンボジアへ行ってきました 三日目 訪問先:「スナーダイクマエ孤児院」と「IKTT クメール伝統織物研究所」

皆様、こんにちは。

カンボジアへ何度も訪れているのに、これほどブログを掲載する必要はないのでは?って指摘されそうですが、めげずに掲載していきます。

いつも通り、16日の朝4時20分に起床! 前日に参加メンバーの一人と話しをしていまして、一緒にウォーキングに出掛けることにしました。

お互いにスポーツを現在もしているので、8kmぐらいのウォーキングをと考えていたのですが、プノンペンよりも見る場所が少ないので、宿泊ホテルからアンコールワットまで約10kmだったので、アンコールワットまで行き、そこからトゥクトゥクで帰って来ようと決めて、まだ真っ暗の中を二人で会話しながら、アンコールワットを目指して、歩き出しました。

途中に見つけた「カフェ モイモイ」アンコールワットから車で5分のところにあるガーデン・カフェレストランです。

日本人がオーナーなので、日本語もOKなはず。以前に訪れたことがあり、素敵な場所です。

ちなみに、少しだけですが日本食のメニューもあり。

表の看板です。是非、訪れて見てください。

どうして、この店の写真を撮影したか?単純に懐かしいって思って写真を撮ったんじゃありません。実は、一緒にウォーキングしている方のお腹の調子が悪いそうで、トイレを探していました。

朝は8時からだったので、こんな朝早くに開いていませんので、直ぐにアンコールワットを目指すことに。

勿論、数回訪れ、何度も通り過ぎているアンコールワットなので、アンコールワットから約4km手前に料金所があります。

そこなら、開いているはずなので、トイレも借りられるだろうと考えて、歩きました。

6時過ぎぐらいに料金所に到着し、トイレを借りに行きました。しかし、そこには、大勢の若い女性が屯しています。

英語が話せない彼は、日本語で「すみません」と言って男子トイレに行くが、ドアが開かない(・・;)

周りの女性スタッフたちが彼に話しかけています。当然、理由もわからないまま出てこられた様子でした。

私が行くと、そこはアンコールワットの料金所で働く女性スタッフが化粧室、着替えなどをしており、今は使用できないと言っている(・・;) ありえへんし...

本来なら、そのままアンコールワットへ行くはずが、やむなく引き返すことにしました。つまり、一番近いホテルのトイレを借りるためです。

ホテルに向かう途中の私は、「明日は絶対に行ってやる!」そんなどうでもいいような決意をしてました(o^^o)


このホテルのトイレを借りました。

このホテルめちゃくちゃ綺麗なんですよ。五つ星のホテルです。

アンコールワットからの朝陽が見れなかったので、綺麗なホテルから見える朝陽を撮影。

ここも以前に訪れたことがあるのですが、アンコール国立博物館です。

まだ朝が早いので、外から撮影。



これは、どうでも良い写真なんですが、私が海外へ行くときには必ず持っていくものです。

しかし、たまにこれを良く知っている方と一緒に行くと、取り上げられることがあります。

理由は、できるだけ現地の調味料の味付けを楽しむ方が良い、店で日本の調味料を定員に見せることは失礼っということです。

正論ですし、充分に理解できます。しかし、私は無理です(;一_一) 今後も持参します。

スナーダイクマエ孤児院に訪問しました。

2008年からずっとお世話になっています。今回の研修旅行の目的でした。昨年の12月と1月に話しを代表のメアス博子さんからお聞きし、現状の視察目的に訪問しました。

スナーダイクマエ孤児院の設立経緯や活動内容は、ホームページをご覧になってください。URL:http://www.snadai.com/

メアス博子さんは、13年程前からここで自立支援の活動をされています。

当時の話を聞くと、周りには、ほんとに何もなかったそうで、辛い日々を子どもと一緒に過ごしていたそうです。

現状は、立派な建物も建設されて頑張って活動されていらっしゃいますが、まだまだ課題点は沢山あるようなので、その課題点を少しでも解決するため伺いました。今後が楽しみです。

明記できないのが少々残念ですが、成功した時には、また記載していこうと考えています。

ここで、約2時間以上おりまして、色々と議論を交わしていました。

既にカンボジアは夏です。また、今年のカンボジアは異常気象?のようでめっちゃ暑い(T_T)

訪れた証の写真です(o^^o)

約2時間の会議のあと、次の訪問先へ行くことにしました。

そこは、IKTT(クメール伝統織物研究所)です。

IKTTのご紹介
1996年1月設立以来、カンボジアで伝統織物の復興と活性化に取り組むクメール伝統織物研究所では、次の世代にこの豊かな伝統的な織物文化を伝え、カンボジアの人々の生活の活性化を願い現在も活動を続けていらっしゃいます。

森本喜久男さんから昨年に起きたタイ洪水の被害状況や当時の状況などをお聞きしました。

大きなものは、切り拓いた森の木々が支えたそうです。

タイの洪水がここカンボジアのシェムリアップまで被害が遭ったことをメディアがどれだけ伝えていたでしょうか?また、どれだけの方が知っていたのでしょうか?

ちなみに、シェムリアップの繁華街でも30cmぐらい増水したそうです。

大変な一ヶ月を過ごされたとお聞きしました。

育てている蚕は餌もなくて、全滅したそうです。しかし、現在では元に戻っていました。

この牛車ですが、大変珍しいものだそうです。約100年前に作られて使っていたそうです。

今も朽ちること無く、継続して使用されています。IKTTには、この牛車が2台あります。

そして、飼っている牛は、食用ではなく、畑などを耕したりするために飼っているそうです。

しかし、勿論生命には死が訪れます。死を迎えた飼っている牛たちは、ここで生活をしている人々に分け与えて供養しているそうです。

この日は、未だ休日だったのですが、我々が訪問することを知っていたために、女性の方々が休日返上で伝統織物を見せて頂きました。



2008年時にこのIKTTの一部の土地に植樹をさせていただきましたので、その木の育成を見に行きました。

現在IKTTは27ヘクタールという広大な土地だそうです。

人間の背丈よりも大きく育っています。

IKTTで昼食を頂きました。

麺類は、仕方が無く購入されてますが、その他は全てこの土地で獲れたものです。

味付けは、日本人好みにしていただきました。

ここに写っているマンゴーなんですが、カンボジア人と日本人では好みが異なります。

日本と異なり、熟成(黄色く)する前に獲ります。その為、パキンって堅めのマンゴーを頂きます。甘さは少しで、基本的に酸っぱいです。

最後に全体写真を撮影していただきました。

その日の夜は、アンコールワット小児病院の赤尾和美さん、スナーダイクマエ孤児院のメアス博子さん、現在はご結婚されて専業主婦をされていらっしゃる狐塚恵さん(旧姓松永)と一緒に食事出掛け、お酒を飲み、普段聞けないようなことなど会話して、楽しい時間を過ごさせていただきました。

この写真は、二次会です。

結構お腹満腹の一日を過ごしたので、私は三次会へ皆さんと同行することなく、ホテルに戻って明日のアンコールワットの朝焼けをみるために、早々に就寝となりました。

撮影しているカメラは、全てiPhoneなんですが、結構綺麗に撮影できます。

ただ、気になることが一つあります。

むやみやたらに、Facebookのウォールへ写真を投稿しておったのですが、料金が気になります。

カンボジアでは、5社ほど接続先があり、事前に調べていた2社を接続していました。しかし、実際に請求書が届くまでドキドキですね。

海外へ渡航する前に必ずチェックしておいた方がいいですね。

小田精彰

2012年4月25日水曜日

カンボジアへ行ってきました 二日目 午後~就寝まで

皆様、こんにちは。

さて、午前中は、残虐な施設を二箇所訪問しました。

その後、少し時間があったので、カンボジアにもあるスモーキーマウンテンへ行きました。

しかし、二年ほど前にプノンペンから出たゴミは他の場所へ移され、現在では韓国の企業がこの山を購入され、中に入ることさえできなくなりました。

周辺を見学しようとしたのですが、残念ながら目的が達成できないままホテルに戻ることになりました。

ホテルは、チェックアウトが12時です。

ただ、国内線の飛行機が当初予定だった18時から16時に変更されており、中途半端に時間ができまして、ホテルに交渉しました。

チェックアウトを13時まで許可して頂くことになり、参加者でプールサイドで昼食したりして過ごしました。

前日のチケットの変更もあり、ドキドキしながらチェックインですが、なんとか名前の表記間違いも難なくパスされて、チケットをいただきました。

国内線の飛行機です。カンボジア人はあまり利用されないので、結構小さい飛行機です。

機内から撮影したプノンペン市街です。

約40分でシェムリアップへ到着です。シェムリアップ国際空港近辺です。

約40分のフライトで懐かしいシェムリアップ国際空港へ到着です。国内線なので、荷物をとって出るだけです。

この国内線を利用することが少ないと聞いていたのですが、降りたってから驚きがありました。

この日は、クメール正月の3日目の日曜日なんですが、我々を待つバン以外駐車場に車が駐車されていません(・・;)

本当に、正月なんだなぁって感じましたが、今後の不安も募りました。プノンペン以上に店が閉まっている可能性があるかもしれない。。。

観光地なのに。。。

懐かしいボレイアンコールホテルの部屋です。良い感じの部屋です。

室内全面禁煙なので、ベランダに出ての喫煙になります。

タバコを吸うためにベランダにでて写真撮影

夜のボレイアンコールホテルです。今日までは正月なので、派手な飾り付けがされています。

夕食のカンボジアンBBQです。

事前に、色々と調べていたのですが、結構この町(オールドマーケット周辺の飲食街)を知っていたので、4年前に比べてどれだけ変わったのかを確認するためにも、少し歩き廻りましたが、ここで食事することになりました。

このBBQは、美味しかったです。

このBBQですが、牛・蛇・ワニ・イカ・その他を中心で焼き、食べます。

牛以外、美味しくいただきました。

この日は、二次会として、有名なレッドピアノへ行きました。

このレッドピアノですが、13年ほど前までは、この地にここしか無かったそうです。

周辺は、廃墟となっていたと聞きました。

今では、そんな面影なんて全く無く、観光地で有るために、多くの外国人や現地のカンボジア人で本当に賑わっています。

心配していた正月休みも全く気にならなかったですね。

この日は、これにて終える予定でしたが、少し延長して、色々と見学して、ホテルに戻って就寝です。

明日のウォーキングはアンコールワット!って考えて、寝ました。

実際は、行けなかったのですが。。。(・・;)

国内線に乗れた経験は良かったです。通常のツアーでは、これは無理と思います。

つまり、入国地をプノンペンで、出国地をシェムリアップというチケットは通常簡単に取得できないと思いますが、

なんとかそれをできるようにしました。


小田精彰

2012年4月24日火曜日

カンボジアへ行ってきました 二日目 キリングフィールドにて

皆様、こんにちは。

このブログは、まだ15日の午前中です(・・;)

さて、トゥールスレン博物館をあとにして、次に向かったのが、残虐な殺害をされていたキリングフィールドです。

キリングフィールドは、ここだけで無く、他にも何カ所もありますが、公開している施設としては、ここになります。

こちらも以前に訪れたことがあるのですが、やはり4年前に比べて随分と綺麗になっています。

ちなみに、トゥール・スレンで処刑された人々は当初、裏にある小学校跡などに埋められたが、じきにそこも満杯になり、しかも処刑時の叫び声が響くことから、1977年に処刑・埋葬場がプノンペンの南西15kmのチュンエク村に移された。

後にそこが「キリング・フィールド」と呼ばれることになったそうです。

正面ですが、4年前は無かったような? 駐車場も以前はガタガタだったのに、凄く整備されていました。

何ドルだったか忘れましたが、とりあえずチケットを購入して入場したところに、Wi-Fiで電波を飛ばして、施設を案内する機器が3ドルで借りられます。

以前訪問した時は、ガイドの説明を聞いたのですが、もっと多くの説明があるのでは?って少し疑問に感じた経験があったので、私一人だけ、その機器を借りて、ゆっくりと見学しました。

勿論、日本語OKですし、しっかりとした日本語で説明されるので、借りて良かったです。かなり、オススメですよ(o^^o)

正面を通って行くとまず最初に目にするのがこの慰霊塔の建物です。ここには、400人ぐらいの遺骨が眠っています。

結構なフロアになっているのですが、それも意味を含めています。

下の方は、小さい骨が多いです。つまり、幼い遺骨を下にして、徐々に大人の遺骨が上に納められています。

この慰霊塔は、上れますが、靴を脱いでから入ることが決められています。

この木は、日本でも目にしますか?

画像で大きさが伝わりにくいのですが、大きな木です。画像をクリックされて、木の下の方をご覧になってください。

少し見にくいですが、この木に覆われている皮をカンボジア人は生活のために利用しています。

何に利用するのか? この皮は、一枚一枚めくれまして、その皮がノコギリのように鋭くなっています。よって、鶏などをさばく為に利用していました。

クメールルージュは、この皮を人間に利用しました。つまり、元々鶏の首を切っていたのですが、これを人間の首を切る為に利用していたと言うことです。

その為、声が必ず漏れます。その声をかき消す為に、音楽を響き鳴らしていたそうです。そして、その音楽には電源が必要となる為に、ディーゼルエンジンの発電機を利用されていたそうです。

つまり、音楽とともにエンジンの音で、人間の声をかき消していたということです。

また、この周辺に住む村人たちは、この残虐な殺害がここで実施されていたということは知らせれておらず、いつも祭りのように騒いで賑わっていたと思われていたそうです。

当時に使われていたと思われる3曲の音楽があるのですが、当時聞いていた村人が、現在この音楽を聴くことはできないでしょう。そして、その音楽も私がレンタルしていた機器で聞くことができました。

その情景を想定しながら、その曲を聴くと本当にいたたまれない気持ちになります。


この木ですが、普通の木ではありません。

非常に残酷なことがこの木で起きました。この木を使って行った残虐なことは、子どもです。

幼い子どもを処刑するのに使ったそうです。しかも、母親が見ている目の前で、子どもの両足を持って持ち上げ、一気にこの木に叩きつけて、殺害していたそうです。

全く考えられません。残酷で

殺害された子どもやその後に母親も殺害し、この場所に埋められたそうです。相当な数の小さな骨があったそうです。

ちなみに、このような穴は、80数個あります。今もあるそうですが、月に一回ボランティアでその骨を掘り出しているそうです。

カンボジアは、このようなものを良く目にします。ここは、日本では仏壇のようなところです。

なので、訪れた方は、線香などをあげています。


最後にもう一度慰霊塔です。

実際に起きた場所です。本当に残虐で仕方がありません。クメールルージュもそれほど恵まれた状況でもなかったので、ここでは記載できないような残忍な行為をしていたそうです。

もし、私のブログを見て、他のホームページや情報を見て、カンボジア プノンペンへ訪れる機会がありましたら、是非訪問してください。

トゥールスレンもゆっくり見てください。このキリングフィールドは、私がレンタルした機器を是非借りていただいて、ゆっくり2時間ぐらい掛けて説明を聞いてみてください。

カンボジアがどれだけ悲惨な過去をもっているのかを知ることができます。

訪れる時は、先にトゥールスレンに伺ってから、このキリングフィールドに伺うと良いと思います。

小田精彰



















2012年4月23日月曜日

カンボジアへ行ってきました 二日目 トゥールスレン虐殺博物館にて

皆様、こんばんわ。 カンボジア研修旅行の続き!

15日のウォーキングを終えて、9時に出発!

どこに行くのか?既に伝えていたのですが、トゥールスレン虐殺博物館とキリングフィールドへは行きます。

前日の国内線の変更もあり、午後の予定が変更になったので、午前中だけの視察(観光)となりました。

トゥールスレン収容所は、クメール・ルージュ(カンボジア共産党)支配下のカンボジア(民主カンボジア)において設けられていた政治犯収容所である。

ここは、元々高校? 学校だったそうです。ここで強制的な尋問を行っていたそうです。

間違っていたらすみません。収容所で生き残った方の墓です。

私は、線香?をあげました。いつ伺っても忘れることができない事実です。


実際に使われていた場所で、今も血痕が残っています。

あまり時間も無かったのですが、今回は皆さんに甘えて、ゆっくりじっくりと見学したかったので、2階、3階と廻りました。

校舎だったこの建物ですが、A棟、B棟、C棟、D棟と4棟有ります。


囚人を逆さ吊りにして水に漬ける拷問が行われていた場所です。

B棟で展示されている顔写真です。

当時、着用されていた衣服です。これらの衣服は、後のキリングフィールドでクメールルージュが利用していたのですが、肝心な説明を忘れてしまいました(・・;)

有名な写真です。涙を流されています。


上の写真から下に至るまで、収容されていた部屋です。かなり狭いのですが、ここで排泄もされていたようです。




本当にあった話しで、私が生まれて少ししてから、カンボジアで起きていたことです。

私と同じぐらいの年齢の子どもなどの写真も展示されていました。ジェノサイドは、ここカンボジアだけではありません。中国もアメリカもルワンダ他にも世界各国でありました。

本当に同じ人間がこんな残虐なことができるのでしょうか?しかし、事実としてここにあります。

カンボジアは、この過去を背負いながら、現在も次代を担う子どもたちに、希望を与え続けています。

経済成長もどんどん発展しました。今となっては国際連合平和維持活動にカンボジアから平和維持軍を他国に派遣するまでになりました。

少し前にバブルが崩壊したとも言われていますが、今後凄く楽しみな国の一つです。

小田精彰